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gradiolus' blog

主に日々のまとめ。たまに映画と本のこと。

内面化されたホモフォビアについての再考

日記

 先日、tsudobaさん(内面化されたホモフォビア | tsudoba)に、私が昨年書いた「内面化せれたホモフォビア - gradiolus' blog」が再掲された。
 一年も経てば、ひとの考えも変わる。
 この「内面かされたホモフォビア」について、改めて書きたいと思う。

 この短い記事の内容を更に短く要約すれば、「内面化された同性愛嫌悪(ホモフォビア)は自己嫌悪の形を取る」「人間は観察学習によって、あらゆるものを学習する」「なので、同性愛嫌悪を悪いとわかっていても、学習してしまう」という三段階で構成されている。そして結論として、「よって自己嫌悪から解放されることは難しい」ということを記している。
 このことについては、今現在も考えは殆んど変わらない。

 第一段階の「内面化された同性愛嫌悪は自己嫌悪の形を取る」ということは、上野千鶴子の「女ぎらい~ニッポンのミソジニー」(紀伊国屋書店)を読んで気づいた。(そして記憶を喚起するために、既読のこの本を今日書店で購入してきた。)


 第8章「近代のミソジニー」の最後の節に「自己嫌悪としてのミソジニー」がある。冒頭を引用する。

男のミソジニーは、他者に対する差別であり、侮蔑である。男は女になる心配はないから、安心して女を他者化し、これを差別することができる。
 だが女にとっては? 女にとってのミソジニーは自分自身に対する嫌悪となる。自己県をしながら生きつづけるのは、だれにとってもつらい。
 社会的弱者(social minority)は、だれえあれ、同じような「カテゴリーの暴力」を受けている。なぜならそのようなカテゴリーをつくったのは、支配的な集団(social majority / dominant group)だからだ。(後略)

上野千鶴子,2010)


 説明するまでもなく、これを同性愛嫌悪、同性愛差別に置き換えても話が通じる。
 異性愛者にとっての同性愛嫌悪は他者に対する差別である。自分は同性愛者ではないからこれを差別することができる。
 だが、当の同性愛者にとっては、自分自身を他者化して差別することができないから、自己嫌悪の形をとって現れるのだ。

 同性を好きになった時に、
「これは誰にも相談できない」
「はやくこの気持ちを捨ててしまわなければ」
「自分はフツウじゃない」
 そう思った。
 この「自己嫌悪」は、今思えば「内面化された同性愛嫌悪」に他ならない。

 同性を好きになってしまった自分はオカシイ。

 日々丹念にすりこまれされ続けてきた同性愛嫌悪と差別のたまものだ。

 初めて自覚的に同性を好きになったのは高校生の時で、もう5年以上前になるかと思う。
 そして「内面化されたホモフォビア」の記事を書いたのは去年で、去年と言えば渋谷区が同性パートナーシップの条例を施行したとしたわけだが。
 どうだろう、私たちの周りから同性愛差別は消えただろうか?
 むしろ、より巧妙になったような気がしないではないのだが、いかがだろうか?

 この内面化された同性愛嫌悪から、解放されるにはどうしたら良いのだろうか。
 これが本当に難しい。
 なぜなら前述のように人間には観察学習という素晴らしい能力が備わっており、これは善し悪しに関わらず観察(モニタリング)したものを学習することができる能力だからだ。
 だから私たちは生活することができるし、それが悪いことだと知りながら、人を殴ることも、人を殺す方法も、知っている。

 個人的解決策しか、いまは呈示することができない。内面化された同性愛嫌悪を無くすには、社会からそれをなくさなければならないから。
 なので、この先は読まなくても構わない。もし付き合ってくれるのなら、読んでほしい。

①社会の仕組み・形を知る。
 どの方面からのアプローチでも構わないと思う。引用にもあるが、社会的弱者は同じような「カテゴリーの暴力」を受けている。つまり差別の形は似ているからだ。
 私は、フェミニズムの方面から社会の形を学ぼうとしている。これは私が幼少のころから「なぜキリスト教の神は男なのか」という憤慨に端を発している。
 それと同じように、誰でも興味、関心のある分野があるだろう。
 帝国主義も、家父長制制度も、女性差別も、同性愛差別も、すべては地続きだ。

②自分を嫌いではなくなる。
 これは物凄く難しい。
 自分にあるあらゆる面を、肯定していくという作業は、自分が自分に抱いている嫌な部分と向き合う作業だ。
 嫌いな部分さえも、それでいいのだと肯定する。
 一朝一夕には達成できない。大きな葛藤との闘いである。
 私はこれに対して、マインドフルネス瞑想をお勧めしたい。
 マインドフルネスはあらゆる病気に対する治療に用いられている。自己嫌悪は病気ではないが、それによって生きづらさを感じているのならば、少しでも解消したほうがいい。
 根本的な解決にはならないが、人生をより良くする方法としても、試してみて損はない。


 1年前に書いた「内面化されたホモフォビア」では「内面化された同性愛嫌悪が完全に消えるのは、いつになるのだろう」と記して終わっている。
 私が生きている間に、無くなってほしいと切に願う。
 でもやはり、そう簡単には無くならないだろう、と、いまも見解は変わらない。
 だが「何か」をすることはできる。
 諦めないでいたいと思う。


引用文献
 上野千鶴子(2010)「女ぎらい~ニッポンのミソジニー」 紀伊国屋書店

女ぎらい――ニッポンのミソジニー

 



参考文献
 以下の文献は、この記事の執筆の参考にしたのに加え、読者の方がより生きやすくなるのに活用してほしいと思い紹介文と共に記す。

 パトリツィア・コラード(2015)「瞑想を始める人の小さな本」 プレジデンス社
(マインドフルネス瞑想に関する本で、はじめは5分から始めることができる。長くても10分なので気軽にできる。あらゆる人にお勧めしたい一冊)

瞑想を始める人の小さな本―クヨクヨとイライラが消えていく「毎日10分」の習慣



 ベル・フックス(2003)「フェミニズムはみんなのもの」 新水社
 (フェミニズムに関する最も分かりやすくて基礎的な本である。もしフェミニズムに興味を持ったのなら、私は真っ先にお勧めしたい)

フェミニズムはみんなのもの―情熱の政治学 (ウイメンズブックス (2-1))


 竹村和子(2000)「フェミニズム岩波書店
 (難しい用語が多く難解な本だが、読んで損はない。この本も例外なくホモフォビアについて触れている)

フェミニズム (思考のフロンティア)



 石丸径一郎(2003)「レズビアン、ゲイ、バイセクシャルについて」 心身医・2004年8月・第44巻第8号
 (LGBに関する短い論文。本文では触れることができなかったが、「同性愛アイデンティティの発達過程」が記されている。内面化された同性愛嫌悪から自己安定への以降段階について触れられており、精神医学的にどのように対処するのが良いのか記されている。同氏の他の論文も非常に興味深いので、併せて読まれたし)

 つい熱が入って長くなってしまった。ここまで読んでくれたあなたに、感謝を。

ジョー・ヴィターレ「お金持ちの法則」感想

感想

VOICE新書 お金持ちの法則「豊かさは、与えたものに比例する」

ジョー・ヴィターレの「お金持ちの法則」は、そこに書かれていることを実行しなくても、読むだけでも心が豊かになる素晴らしい本だ。

もう何回も読んでいるけれど、この豊かさを知ってもらいたくて記事にしようと思う。


いつ、どんな風にこの本を手に入れたのか全く覚えていない。

だが読み終わってすぐに、両親にこの本を読むように勧めるぐらい感動した。

いや、最初のエピソードですでに感動していた。

最初のエピソードはまさに、差し出すことで豊かになる象徴的なエピソードだった。

立ち読みでもいいから、ぜひそこだけでも読んでほしい。


この本には"差し出す"ことで豊かになった人々のエピソード、記事が沢山収録されている。

だから非常に説得力がある。

もちろん著者本人のエピソードも素晴らしい。


では、この本には一体どんなことが書かれているのか。簡単にまとめてみるとこんな感じ。

  • 無私の心で差し出す
  • 喜びとともに差し出す
  • 見返りは求めない
  • そうすると自分の思っている以上の見返りがやってくる
  • そしてやって来たものは拒まずに受け取ること
ということ。

"差し出す"のはなんだって構わない。

タイトルは「お金持ちの法則」だが、お金以外でもいいのだ。

笑顔や親切や、自分の持っている本でもいい。


ただし、義務感で差し出したら意味がない。

もし、差し出す気になれないのならば、そうなれる時まで待っても構わない。

差し出すにも受け取るにも、自分のバランスが取れていなければならない、と語る人もいる。


差し出したものが、いつ、どんなカタチで戻ってくるかはわからない。

場合によっては自分の死後に、孫の元へ豊かさが巡ることもあるようだ。(これは別の本に書かれていた)


自分の心を豊かにしてくれているもの、人、場所へ、自分のできる限りのものを差し出す。

私は、大好きな友人たちへ誕生日のプレゼントを贈ることにしている。

それは(この捻くれて頭の硬い)私と仲良くしてくれているお礼としてでもあるし、私が彼女たちを喜ばせたいから。

それ以上のことは考えていない。


この先は、読まなくても構わない。

最近私の身に起こったことで少し面白いことは、差し出す量が減ると運も受け取るものも減る、ということ。

これまで私はアルバイトで週に2日、笑みをたたえて親切であることを求められていた。そして100人以上のお客様の対応をしてきた。ほんの僅かな時間だとはいえ、私は毎週2日間、笑顔を親切さを(仕事とはいえ)差し出してきた。

それが就職してから、全く差し出す機会がなくなった。1週間で100人以上の日に接するなんてことはなくなった。仕事仲間を除けば、ひとクラス分もいない。平日は閑散としていてそもそもお客様がいなかった。

ところでその就職先の労働条件は全くよくなかった。私は日に日に疲弊し体調と精神のバランスを崩して、ついに先日仕事を辞めた。

業種が違うから単純な比較をしてしまうのはあまりに安易ではあるが、私の差し出す量が減った途端に私の運は急速に悪くなった。


差し出す土壌、というのも関係している。

前者にはそもそも差し出す土壌があった。誰もが笑顔で働き、訪れるお客様も多くが笑顔で楽しんでいる。

後者の仕事にも、笑顔と親切さは求められていたが、仏頂面で猫背で仕事をする人が多く、誰もが退屈そうにしていた。そんなところにお客様は沢山集まってこない。すると差し出すものも少ない。

前者が生のスパイラルであるのに対し、後者は負のスパイラルだった。


このことを今書いているのは、申し訳ないけど、私自身のセラピーのためだ。

辞めて数日経つけれど、今もまだそこで負った(と私が感じている)心の痛みが消えていかないのだ。

でもそこに豊かさの宇宙の法則を感じずにはいられなかったし、そのように私自身を納得させたいのだ。


差し出すものはなんでも構わない。

お金だけじゃない、笑顔と親切さでも良い。

差し出せば差し出した分だけ、(心が)豊かになっていく。

本当のお金持ちはどんな人だろう?

いつでも余裕があって、穏やかで、差し出すことをいとわない人だと思う。

「お金持ちの法則」、つまり、そのような豊かな人間になることの法則が、この本には詰まってる。

買ってよかったと思える1冊です。

ジョー・ヴィターレの「スピリチュアル・マーケティング」も近いうちに読んでみようと思う。

VOICE新書 お金持ちの法則「豊かさは、与えたものに比例する」

VOICE新書 お金持ちの法則「豊かさは、与えたものに比例する」

VOICE新書 スピリチュアル・マーケティング

VOICE新書 スピリチュアル・マーケティング


プレゼント企画

・これまでに出した2冊の本
・先日の展示で販売していた三枚の写真(もちろん額も含めて)
それにオマケとしてポストカードを(お望みの分だけ)つけたものをプレゼントいたします!
どれも完璧なものとは言えないけれど、私の大好きな可愛い子供達です。

これまで出した2冊の本は
「天星鉱石店」という短編集と、
「月の唄がきこえる」という短編のSFです。
また写真は先日の桜展のもの。
ポストカードは写真から好きなだけお選び頂けます。

どうぞお望みの方がいらっしゃったら、
ツイッターの「gladiolus64」のアカウント、もしくは下記のメールアルドレスへと連絡をください。
nishiki.hope.64♡gmail.com

《天星鉱石店》
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《月の唄がきこえる》
f:id:gradiolus:20160513140530j:image

桜展での写真3点
f:id:gradiolus:20160513140638j:image
・光の方へ(一番上)
・足元にみつけた幸せ(左下)
・微笑みの理由(右下)

ポストカード各種
f:id:gradiolus:20160513140906j:image


5/13 「天星鉱石店」は残り1冊となりました。


スカートの強迫

日記
働き始めて、10日が過ぎました。
休みを抜くと、1週間。
だんだん耐えられなくなってきたものがある。
制服のスカートだ。
そのことでも1週間も悩み、苦しみ、涙し、疲労し、夜も寝つきが悪くなるぐらいにストレスになっている。
そのことについてツイッターでひとしきり呟いたので、まとめます。
そして私は、この記事の第2弾を近いうちに書くことになるでしょう。
 仕事に関することはとにかくまとめたので、制服に関する話題以外のものもあります。


  • 研修で人権に関する冊子を読んだ時に、いやそれ以前から妙だなと感じていたことの答えがわかった。 セクシャリティに関する話題に触れる時、なぜかマイノリティの話だけ書かれている。 「私たちとは違うセクシャリティがあることを理解し、受け入れましょう」といった論調だ。 だがそれがおかしい
  • セクシャリティに関する話題はなにもマイノリティにだけ重要な問題ではなく、マジョリティにとっても重要な問題だ。 それをあたかも、我々マジョリティにはとっては遠い問題であり、その問題に直面するマイノリティを受け入れてあげましょう、といったスタンスを取っている。
  • セクシャリティについて考えることは、すべての人にとって必要なことだ。 社会に根ざした価値観を疑うという意味でも、自分自身の内面と向き合うという意味でも。
  • それなのに! マイノリティだけの問題のように扱い、 様々な性的志向があるんですよー 受け入れましょうねー って、他人事にするのは、本当に良くないと思う。 異性愛もまた、様々な性的指向のひとつなのに!
  • 異性愛者でない人の多くは、自分の内面・セクシャリティに向き合う機会が非常に多い。 だが、異性愛者は、その機会はほとんどないだろう。 だからこそ、異性愛とはなにか、なぜ自分は自分を異性愛者だと思うのか、と、考えてみることは大事だと思う。
  • そしてできれば気づいてほしい、異性愛とはシステムであることに。
  • 同期に、下駄を履かせてもらって入社してきた男性がいて、 そういうのを見つけるたびに、 そいつらの下駄をひったくりたいし、 下駄を履かせた奴らに蹴りを入れたくなる。
  • 制服にパンツがないことに、腹が立ってる。
  • これはそのうち上司に話して、どこに相談したらいいか聞こう
  • 化粧のこと、ストッキングのことは、前のところにいた時から思っているのだけれど、 業務上必要なものとして義務化するならば支給するかもしくは一定の金額を出せ。 さもなくば強制するな。
  • まず、化粧の義務化には私は常時甚だ疑問を抱いている。
  • というよりも、性役割規範に対する疑問と反感が強い
  • だから"強制された"化粧も、スカートも嫌いなのだ。
  • 私は性役割違和を持っている。 これは、目に見えるものではないし、多くの人が受け入れてしまっているものだから、なかなか理解を得られにくいと感じている。
  • 女性は〇〇であるべき。という考え方が受け入れられない。 例えば、女性の制服はスカートであることや、ブラウスはピンクであること、化粧をしなければならないこと、etc...
  • 女性の制服になぜパンツがないのか? なぜ化粧は義務化されなければならないのか?(男性は義務化されていないのにね!)
  • プレイベートの場面では、私は必要ならば化粧はするし、スカートだって好きだ(ロングに限る)。
  • でも、化粧をしなさい、スカートをはきなさいって、強制するのは変じゃない? それって価値観の押し付けじゃない?
  • やっぱりずっと疑問なんだけれど、業務上必要なものを自費で買えっておかしくないか?
  • 前の職場は靴が指定だったのだけれど、非常に高くて自費で購入。 指定してくるなら、安くするか、手当を出すか、支給にするかすべきではないの
  • 上司に言われた「これから長い間よろしくね」って言葉に、(私はこれから、ここで長い間働いていくのか)と思ったけれど。今日話してみて、やっぱり私は、ここに長く居たくないのがよくわかった。
  • 入ったばかりなのに既に思うところあるんだけど、一番のネックはやはり時間とお金と、ジェンダー。 パンツ禁止なのは、辛い。
  • 公的な場においてスカートをはくことを求められることが非常に辛い。 だから就活もパンツでしてた。
  • 公的な場において、性役割にもとづいた外見・行動・役割を求められたりすることがどうしても、受け入れがたい。
  • 来月、先生に相談しよう。
  • 「社会が求める女性らしさ」に対する抵抗が強い。だが性別違和はない。私は自分を女性だと自認している。だからXジェンダーではないと思う。トランスでもない。 性役割に対する違和。
  • でも性役割違和、という言葉はネットの海にも存在しないみたいね……
  • あ、ツイッターにはちょこっとあるみたい。 自分と同じ感覚を持ってるだろう人がいることがわかっただけでも、ちょっと気が楽になる
  • 重くのしかかる、柔らかな布。与えられた制服は、私を押しつぶす鉄の鎧だ。膝丈のスカート。パンツは禁止。「汝は名は女なり」と制服が告げてくる。そうだ、私は女だ。なのにどうして、柔らかな布でできた制服がこんなにも重いのか。裾を気にする度に目眩がして、脱ぎ捨てたくなる。 #twnovel
  • 私の体は女だし、私は自分の体が女であることに満足している。トイレのたびにズボンを脱がないといけないのが面倒に感じるときは、アレが欲しいなって思うけど、それは例外で。身体に対する違和はまったくもってない。適合してる。なのに、世の中が私に着せようとする「女」を、私は受け入れられない。
  • どうして、みんなは、平気な顔して「女」で居られるんだろうな。私は泣きたくなるぐらい、嫌だよ。
  • 殺してやりたい、こんな社会を殺してやりたい
  • 私はキラキラした美しい世界を愛してる。
  • でも、こうして、他人に役割を求め、強要する社会は、美しくない。醜悪で、愚かだ。
  • 私が一番嫌いな言葉は「人件費を削る」
  • "人権"に対する費用を削る、って最悪な字面だと思う
  • 尊厳ってなんだろうね
  • 女として生きている以前に、私は人として生きているのに、 ヒトとして生きている部分を否定して、 女として生きよと要請してくる社会を、 殺してやりたくなる。
  • 外国で、 "human"を"person"に置き換える動きが活発なようだが、 "son"も結局、男を指すんだから何も変わってないよね
  • 女の生き場はどこ?
  • 化粧したくない、スカート履きたくない、ストッキングも嫌。 みんな私に"女"であれといってくる。 そうよ、私は女だよ。でも、君たちの要請してくる"女"ではないんだよ。
  • 男女、の順で書くのが当たり前すぎて腹が立ったので、卒論の時に徹底して女男の順で書いてやった。
  • 女子大でさえ男女で書くんだからな!! 女子大でさえ「女らしさ」って言い出すんだからな!! くそったれ!
  • 会社に入って組織図を思い出して、いま愕然としてるのは、管理職はすべて男という事実。 女ばかりいるのに。
  • 就活でも出会う幹部がことごとく男でくそったれって思ってたのに。 なんでいままで気づかなかったんだろう。うちの会社も幹部は男ばかりじゃないか。
  • 私も、戦わねば。 そのために、知識という武器を持とう。
  • スカートじゃないとだめ!ってすごいよね。スカート以外を履きたいなら届出してね。ってさあ。 女はスカートじゃないとだめだからね、っさあ。 くそったれだよ。本当に、くそったれ以外の何物でもないよ。
  • これが我が社における「女」の形で、それを崩すべからず。 ってさ。
  • いまの私の仕事いきたくない気持ちの最大の理由は「スカート履きたくない」です
  • うまく言葉にしきれない
  • 届出出して、パンツを許可して貰えばいいって話じゃないんだ、私の中では。 許可して貰えば私の苦しみは消えるけど、問題は何も解決してないし、「許可」してもらわないといけないって、ねえ。
  • 選択の自由はないまま、だもの
  • 一時期私の中で落ち着いていたジェンダーに関する問題が、いますごく私の心をざわつかせているのは、現にいま私がそこに困難を感じているから。
  • 制服は楽だけど、こんな思いをするならオフィスカジュアルとかいう意味わかんない服装をしていた方がマシだ
  • いっそ前の職場に戻りたい
  • 待遇は非正規雇用になってしまうけれど、その方がまだずっといい気がしてきた。
  • それか3年やり尽くして向こうに社員として中途採用してもらおうか。
  • ともかく、いまの職場に長く居ない
  • それだけは決めている
  • 一番いいのは、文筆の仕事を始めること。 それで食べていけるようになること。
  • ジェンダーと有償労働 (フェミニズム竹村和子https://t.co/glKsTju0f5
  • 身体的に女であることを自認することと、 社会的に要請される女であることに迎合することはまったくもって異なる問題だ。
  • ぐったり
  • やることが大変、とかじゃなくって、風邪薬飲みながら仕事するのがしんどい
  • 風邪引いたってのは疲れが出たのもあるし、気の緩みがでてるってことでもあるし。
  • 割と高い確率で前の職場のことを考えちゃうから、いけない
  • 本当ならぐっすり眠れるぐらい身体が重いのに、全然眠くない
  • 仕事が終わって家に帰って、犬の散歩に行って食事してお風呂に入ったらてっぺん超えちゃう。
  • 近くに引っ越そうか……
  • って思ったんだけど、一人暮らしできるほどのお金もらえないんだよね。実家通勤前提だから。
  • うーん、なんだかなあ。
  • 研修中なのに転職のこと考えちゃうの良くない
  • いや、でも、本当に。
  • 前の職場がホワイトすぎたんだわ……。
  • 多分ここもわりかしホワイトだとは思うんだけどね……
  • 前のところの、バンバン有給使えてたのを思い出す。 うーん、誰も取らないから非常に言い出し辛いけど、使おう。
  • あるものを使って何が悪い
  • うん、やっぱ労基引っかかってンな。
  • これ何も言わなかったらこのまんますぎていくんだろうな、絶対にイヤだなあ
  • いろいろ読み返してたら、うちの会社はとにかく人件費を削りたいらしいことがよくわかった
  • とりあえず主治医にも相談したいんだけど、ほんとに随分先のことになってしまうので、その前に労組に行くべきだな……。 そのあとで先輩に相談して、上司に相談して。
  • 制服のことね
  • なんかね、昨晩いろいろ検索してたら制服に関するページでこんなの見つけて。あー自分トランスなのかも?って。 https://t.co/J1GDwCAWkB
  • 制服のスカートを脱いだり履いたりする瞬間に、ものすごくイヤな気持ちになる。スカートの存在を思い出して。
  • 脱ぐ瞬間には、自分がスカートのせいでせざるを得なかった所作を思い出してイヤになる
  • これが週2のバイトでっていうのならなんか耐えられたのかもしれないけど。いや、違うな。うーん、どこにあるんだろう私のライン。 でもこれがこれから毎日延々と(とりあえず三年は)続くのかとか思ったらイヤだなあって。
  • うん、泣きたくなっちゃうくらいヤダ
  • スカートね。たかがスカートかとお思いでしょうけど。でも、イヤなもんはイヤよ
  • ウィキペを診断基準にするのもアレだけど、toXな気がする。うん。"心の部分部分で、違う性を自認する"に当てはまるような気がする https://t.co/nWh3gefbjI
  • 私的な場面において、私は私を「女性」だと思うけど、それは身体に基づいた性自認。 公的な場において求められる「女」ではない。 うまいこと表せられないけど。こういう部分が、引用の箇所と当てはまるんじゃないかなって
  • 私のこの疲労感は、鼻風邪によるものではない。鼻風邪はこんなに疲労感を伴うものではないはず
  • この疲労感は私の心的苦痛よりもたらされているものだろう
  • 今日はぐったりして、ほとんど元気が無くて、いまだって、いまにも泣きたくなるくらい辛い。
  • そして、私はずっと、ずっと、怒ってる。
  • 怒りの火が、ずっと、小さく灯っている
  • この怒りは根深い
  • それは私が、父なる神、に対して疑問を抱いた時、つまり、男性社会に対して怒りを抱いた時から地つづきだからだ
  • いつ父なる神に対して、疑問を抱いたのだろう。なぜ神は男のなのか?という疑問と怒りを抱いてから私はキリスト教について知ろうと思って、キリスト教の講義を取ったり、調べたりした
  • でも、私の本当の怒りと疑問の対象は、男性社会と女性差別異性愛主義にあったのだと、しばらくしてからわかった。
  • 私は、身体が女である。女身体に産まれたら、散々耳障りな「女の子なんだから〜しなさい」を聞かされる。その「女の子」を作り出したのは社会だ。その社会を作ったのは誰?それを維持し続けることで利益を得ているのは誰?
  • 私は女性だ。だが社会の求める女ではない。
  • 公的な場面における化粧と、ストッキングと、スカートは、私のものではない。 それは、私には適合しない。
  • まるで新しい奴隷だ。
  • 強制されるジェンダーロール、 男性の7割しか得られない賃金、 ガラスの天井。 そして脅威にならないように、女性社員は制服をまとわされる。
  • パンツをはくべからず、は、 極端に行って仕舞えば、 脅威になるべからず、だ。
  • 主体にとって支配・所有しやすい他者・客体であれ。 異性愛主義を崩すことのない存在であれ。
  • そういうものを、様々な形や言葉や、映像で、とにかくあらゆるもので、刷り込まれされ続けてきた
  • 主体は、客体なしにはなり得ない。 客体があるからこそ、主体は存在する。
  • 私は、客体の女ではない。(異性愛の女ではないからだ) かといって、主体でもない。(なぜなら主体=異性愛の男ではないからだ) 私は、なんだろう。
  • トイレのマークを思い出したり、「棒人間を書いてください」と言われた時に何を書くか、想像すればわかる。 人間のイラストはスカートを履かない。スカートを履くのは、女だ。 つまりパンツをはく女は、その境界を脅かすものになりうる可能性を持っている。
  • 特に、うちの会社のように"制服を着用する女性社員のスラックスの着用は禁止"を明確に示していて、幹部がほぼ男性で構成されている会社においては。
  • 以前、可愛らしいスカートを着用した時に「女装しているみたいだ」と感じた瞬間がある。 仕事中も、女装をしている。女装をして、女性社員の演技をしている。 主体を脅かすことのない客体の女を演じている。 若くて、愛嬌があって、脅威のないもののフリをする。
  • 私は右足のふくらはぎに、生まれつきアザがある。それを理由にしてパンツの着用の許可を申請することはできるだろう。でも、それでは、なんの意味もない。何も変わらない。私の心的苦痛の根源的な解決にはならない。だから私は、ジェンダーロールに適合できないことを理由に、訴えなければいけない。
  • もうほんと、人によってはなんでこんなことで苦しんでるの?って思われてそう。でも私には非常に重要。 私は、社会の求める女性像に、適合することができない。
  • バイトもスカートの制服だった。でもそこに抵抗はなかった。同じ立場の男性たちもまた、制服だった。それに、ロングスカートだった。管理職の人々は、男性はスーツで女性はスーツもしくはオフィスカジュアルと呼ばれる格好をしていた。だから、私は抵抗を感じなかった。ノーメイクの人も沢山いたし。
  • ロングスカートは、私には対して、過度に女性的な振る舞いをさせない。脚が隠れているから。 わざわざ足を揃えたり、裾を気にしたりする必要はないし、動きやすく、ガツガツ大股で歩いて仕事ができた。
  • だが、膝丈のタイトスカートは、私にとって過度に感じる、女性的な振る舞いを求める。足を揃えたり、裾を気にしてしゃがんだりしなければならない。それが、苦痛でたまらない。
  • 仕事中は、もはや演技をしているし、タスクもあるから、気にする時間はほとんどない。でも、ロッカールームで"衣装"を脱いだ瞬間、つまりパブリックな私からプライベートな私に戻る瞬間、家に帰ってプライベートな私でいる瞬間に、パブリックな私の振る舞いを思い出す。そして、苦痛が私を襲う。
  • パブリックとプライベートな私のギャップに、大きなストレスを感じる。
  • 私の賃金は安い。 どんなに昇級しても、天井がある。 ランクアップにも制限がある。 しかも会社はおそらく、私と同じ立場にある人々を昇進させる気はない。 そして私と同じ立場で雇用されている人々の多くは女性だ。90パーセント女性だ。
  • 女はいずれ、結婚や出産を迎え、家庭に入る。それまでは実家に住まうもの、として、私の雇用の立場の賃金は設定されている。だから薄給だし、住宅手当などもない。 そして社員へなるには、計算上5年もの歳月を要する。
  • 私と同じ雇用の立場にある人々の多くが、女子大出身者だった。そして、今年正規社員として入った人々は共学出身だった。 つまり、狙いを定めて門を開いたのだ。 私たちは専用の入り口から入り、そこから動くことはほとんど許されず、正規社員になるには多くの労力と時間を惜しまないといけないのだ。
  • 非常に、疑問だ。 なぜ、身体が女性であるものは、会社(社会)が求める(定める)女性像に容易に適応することができる、と、無邪気に考えられるのだろう。 どうして選択の自由を奪えるのだろう。
  • 私がスカート以外のもの(パンツはもちろん、キュロットでさえも)を着用するにあたっては"相応の理由"がなければならないらしい。それは"業務上"相応の理由。
  • その"業務上の理由"から必要なものには初めからキュロットが与えられた。外れた私にスカートが与えられた。 私がパンツは着用するには、理由を述べなくてはならない。この、非常にプライベートで、説明するにも心的苦痛を要する上に、理解されにくいだろう、理由を。
  • 私的なことは公的なこと、というのは有名な言葉だ。 でもこの私的なことを語るのは、非常に多くの労力が必要になる。 そしてその労力は、常に、苦痛を受けている側が割かねばならない。
  • 私は研修で制服のサイズを記入する時点から「パンツはないの?」と疑問を抱いていた。そしてその後で見た制服の規範では、パンツルックの禁止が記されていた。
  • 私がなんのためにスカートを拒否しパンツスタイルで就活を続けたかというと、古いジェンダーロールの会社をふるい落とすため、そこから自らふるい落とされるためだ。だったのに。のにね。
  • 研修の間に人事の人に訴えておけばよかった。でも全くそんな時間はなかったし、まさか自分でもここまで(入眠困難になり憂鬱になるぐらい)スカートに苦しまされるとは思いもよらなかった。
  • 私と同日に入社した男性に、アルバイトとして面接に行ったら「男の子だし、社員に」という理由で(正規か契約かはわからないが)社員になった人がいる。 これが女性なら、そうなっただろうか。 なぜ男性だから社員に、となるのだろうか。 私はそこに、下駄の存在を感じずにはいられない。
  • 一生忘れることはない。 マイナビの男性社員が私の学校へ来て、「男性は就活の際に下駄をはかされている」と言ったことを。 我が校は女子大である。千人の女子生徒の前で、彼は軽く笑いながら言った。 私は一生忘れない。
  • いまだに女性社員の割合の高さを誇る会社があることも忘れない。そこを誇ったところで、彼女たちがすべて平社員で幹部がほぼすべて男性で構成されているのならば、そのアピールには意味がない。
  • いや、意味がないどころかむしろマイナスだと言えるのではないだろうか。 女性を幹部にする気の無い、古いジェンダロール/バイアスの強い会社です、というアピールになるから。
  • とにかく、私はまた明日(今日)、出社してスカートを履き、女を演じに行かねばならない。 朝が来なければいいのに。 そう思ったのは、久しぶりだ。
  • もう言いようもないくらい気持ち悪くて仕方がない。 とにかく、気持ち悪い。
  • どうして、誰も疑問に思わないの? なんで平気でいられるの? 私にはわからない。 理解できない。
  • 3年以内の離職は経歴の傷になるそうだ。今後不利になるとか。なんかもうそれも、見えない暴力のようだ。それを理由に、不適合な場所に縛られなくてはならないなんて。 でもともかく、私は最低3年はそこ(ここ、とは言いたくない)で、働かなければならない。そのためにも、訴えていかないと……
  • だって3年間、毎日毎日辛い思いをしながら働くななんて、気がおかしくなりそう、今でさえ辛いのに。我慢はしたくない。我慢をする言葉仕事ではないから。
  • それに私は、毎日30分は多く勤務している。着替えを含めると、45分だ。 残業代にもならないし、着替え手当もつかない。
  • これに耐え続けられる気がしない
  • これならまだオフィスカジュアルとかいう意味わかんない服装の方がましだ
  • 労組に行くのもハードルが高いな、と思っていたのだが、最適な窓口を思い出した。母校だ。 何かあったら言いなさい、みたいなことを言われてたのを今日になって思い出した。 まず電話してみて、必要なら証拠を揃えて持って行こう。
  • 最初に提示された労働条件とは異なっていることを、きちんと示しておかねばならない。 明日から証拠を集めだ。


お知らせ

文学フリマに欠席することが決まりました。
大変残念です……。

当日空席となります。

寄ってみようと思ってくださっていた方には、本当に申し訳ないです。

お知らせ

創作
長らく間を空けてしまいました。

お知らせです。

4/23~5/1
横浜のAAA galleryさんの「桜展」に参加します。
フィルムカメラで撮った桜の写真を展示しようと考えています。


また、5月の文学フリマの配置が決まりました。
場所: シ23
サークル名: gladiolus
です。
小説の新刊を予定してます。
どうぞよろしくお願いします!
(まさかのご飯屋さんの前です、とてもびっくりしています。でもご飯買いに行きやすくなったからよかった笑)

ただいま鋭意制作中。

1年ぶりぐらいに小説を書いているので、小説の書き方を忘れてしまっています!
ずっとシナリオを書いていたので、地の文がト書きみたいになってしまう^^;
でもシナリオを学んだおかげで、場面をイメージしながら書けるようになりました。
他にもいいことがいくつか。うまいこと活かせるように、頑張って書きます。

osmt二次創作シナリオ「受難」

osmtさんの二次創作シナリオです。

ツイッターの診断メーカーの結果「着替え中のトド松」と「驚くカラ松」を書ことになりました。

投票して下さり、ありがと御座いました。

お題の要素は薄くなってしまったのが、心残りですが、普段書かないような内容にチャレンジできて楽しかったです。

ペラ(200字原稿用紙)にして11枚ぐらい。映像化した場合は単純計算で5分半ほどの内容となってます。

どうぞお楽しみください。

 

続きより、ご覧ください。

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