gradiolus' blog

主に日々のまとめ。たまに映画と本のこと。

内面化せれたホモフォビア

私がこれまでで最も苦しんだ強烈なホモフォビアは、自分の中にあった。


自分が女性を好きになったとき、ホモフォビアが私の心にあふれた。

「誰にも相談できない、きっと否定させる」
「同性を好きになることをやめなくては」
「自分は普通ではない」

内面化せれたホモフォビアが、自分自身を傷つけた。
よく、自分だけは自分を信じてあげようなどという。でも自分を最も傷つけてくる相手が自分自身である場合、信じることなんて不可能だ。

私は長いこと内面化されたホモフォビアに苦しみ、鬱状態が続いた。


内面化されたホモフォビアに最も苦しんだのは5年前。
早いなあ、と驚くばかり。
書物や、いろんな人の意見にふれ、私の中のホモフォビアはだいぶ薄らいだ。
でも完全には消えない。


この世はホモフォビアにあふれている。
日常の会話、通りすがりの人の一言、テレビ、文章の一節、あらゆるところで見聞きする。
私はそれらを明確に悪だと判断し、拒絶する。

しかし人間は、行為を目にしただけで学習することができる。例え罰されようとも。
(たとえば。寄せ箸をしてた父親を母親が注意するのを、子供が目撃したとして、注意され悪いことだとされたことでも子供は寄せ箸を学習して、行ってしまう。)

私自身がどんなにホモフォビアを悪いものだとし、罰しようとも、私は学習してしまう。

いつまでもはびこっている。
完全に消えるのは、いつになるのだろう。