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gradiolus' blog

主に日々のまとめ。たまに映画と本のこと。

無題

以前、よく「彼氏がほしい」と言っていた。

 
世の中は恋愛主義で溢れてる。漫画、ドラマ、映画、何気なく発する一言にも。
しかしその恋愛は異性愛を想定したもの。
自転車二人乗りとか制服デートとか、そういう「青春」って特に。
 
 
恋愛は良いもの。
恋愛は素晴らしいもの。
恋愛は人を成熟させる。
このようなメッセージを、絶えず受診していた。
 
同時に、
ひとりはさみしいもの。
童貞処女は情けないもの。
男と女はくっつくもの。
というメッセージも含まれていた。
 
 
だから以前は、「彼氏」がほしかった。
でもうまくいかなかった。
 
自分は女性を好きになると気づいたあと、
大学生になっても、男性とデートをした。
それは
「自分は本当は異性愛者で、同性愛者と思い込んでるのかも」
「性行為をしてみたらわかるのでは?」
という考えから。
 
やっぱりだめだった。
本当の自分でいられなかった、社会的に求められている(と自分が考えている)女性像の仮面をかぶってしまって。
 
そして何より
(わたしは女の人も好きになる)
という事実が心の真ん中から腰をあげることはなかった。
(「も」なのは、このころはバイセクシャルだと思い込んでいたから)
 
 
いまは、
・「彼氏」をつくらなくていいこと
・同性の恋人がいなくても同性愛者である、ということ
・童貞処女は悪いことではないこと
・恋愛が全てではないこと
・恋愛が人を成熟させるわけではないこと
などを知って、とても楽になった。
 
 
ロマンチックラブイデオロギーに、侵されまくった10代を過ごしてきたな。
 
なんで男の人と上手くいかないんだろう?と思っていたけれど、好きではない対象を、イデオロギーによって形成された強迫観念のために好きになろうとするのは無理がある。
当然、上手くいかないよね。
 
 
愚かだった少女にいま会うことができるなら、すべての幻想を解いて、自分らしく生きればいいんだよと言ってあげたい。