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gradiolus' blog

主に日々のまとめ。たまに映画と本のこと。

五条天神社、花咲稲荷

昨日は東京国立博物館へ行ったあと、駅へ向かいつつ五条天神社と花咲稲荷へ行って参りました。

花咲稲荷の、つらづら並ぶ真紅の鳥居。心も身も引き締まり、神の御前へ参る意識を高めてくれます。
そして喜びもこみ上げてきて、幸福感で満たされていきます。

手に水を注ぎ清め、まずは花咲稲荷へ。
改まった気持ちで頭を下げる。

その前に実は大仏様の方へも参ってきたのですが。
やはり心持ちが違います。
私の場合、仏様へは決意表明(精進いたしますのでお見守りください)なのですが、
神様へは決意表明とともにやはりお願いになる。(……どうかご助力ください)

昔はどちらもお願い事しかしてなかったのだけれど。
禅をかじって、仏教に対する意識が変わった結果です。

そうそう、頭を下げる、という行為もまた大事に感じる。
仏教、特に禅は先人とその思想を通じてであう、それを越えていくもの、というイメージがあるのです(いま手元に本がないので引用ができないのですが)、つまり仏は道の師匠であり同志なのです。
しかし神様はやはり自分の上に存在するもので、超えることのできない存在。祟るもの、だから祀るもの。だから、頭を下げる。
頭を下げて、お願いする。


鈴を鳴らし、深く頭を下げて、柏手を打ち、手を合わせる。
そしてまた深く頭を下げる。

御前を辞して、次は洞窟のなかのお稲荷様へ。
ここへ入るのは勇気がいる。
暗い場所、狭い場所、というのもあります。でも、すごく、空気が密というか。
しっかり詰まっている、神の空気。
丸窓の前で一度歩みが止まってしまった。なんだかそれ以上進めなくて。
ここから先は禁足地というか、罰されそうな。
だから遠くから頭を下げたのですが。

そしたら気持ちがかわりました。
たずねた者を、この神は、邪険にはしないだろう、と。
おそれがなくなりました。つまり、それまでおそれてました。

というのも前回参った時は妹と一緒で、妹はすごく怯え怖がっていて。だからなのか、ちょっとイタズラをされてしまったのです笑
で、妹は慌てふためいて、お参りもせず逃げてしまいした。つまり、御前をお騒がせしてしまった。

この前は妹が一緒だったが、いまは私ひとり、なるほど、確かに怖いな、と思っている。イタズラされるかもしれない。

でも、いま、こうして頭を下げて。おそれがなくなった。
実はその時は前回のことはすっかり忘れていたのですが、いま思えば許してもらえたのかもしれない。

なので、お賽銭を投じて頭を下げて参りました。
美しい場所です。

最後に五条天神社。
お賽銭を投じて頭を下げて。
お願い。

その答えと、私の最近の悩みの答えは、おみくじから頂きました。

何をするにも神様相手、人が知ろうが、知るまいが。
(中略)
神様を相手に、世のため人のため、清い正しい心で尽くしましょう。神様は必ず正しい者に御味方下さる。
嬉しくて、半泣きになりました。
全くその通りです。

あとは、心を優しく柔らかくしていなさい。焦らずに。とも。
やはりお見通しです。一昨日のエントリを反省しました。
私の心には柔らかさが欠けていたな、と。
焦っていたな、と。

五条天神社の鳥居を出、振り返り、一礼。
俗世に戻りました。

その帰り道、綺麗な紫陽花の並ぶなかを歩きました。


心が引き締まって、気持ちがすっきりしていました。
助言もいただいて。
また今日から、頑張ります。

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